知っておきたい『科学的介護』の基礎知識
「科学的介護」という言葉をご存知ですか?
これは現在、厚生労働省と経済産業省が主導して進めている、介護の今後を左右する重要なプロジェクトです。
少子化、超高齢化社会の波が押し寄せている現在の日本においてこのままでは介護制度自体が立ち行かなくなり、危機的状況に面するでしょう。
こうした状況を少しでも打開すべく現在検討が重ねられているのが「科学的介護」です。
では、科学的介護とは何か、具体的にどのように実現されるのかを見ていきましょう。
もくじ
そもそも『科学的介護』って何?
もう少し細かく「科学的介護」の定義を考えていきましょう。
そもそも「科学的」には「考え方や行動の仕方が論理的、実証的で、系統立っている様」(大辞泉)という意味があります。
しかし、これまでの介護は「科学的」とは言い難い、「属人的」な状況でした。
家族などの人手、経験則などに基づく属人的な方法に頼る介護の現場にはすでに多くのひずみが生まれています。
要介護者一人ひとりにあった介護サービスが提供されるべきで、均質的な介護ではそれぞれのニーズに応えることはできません。
それで、要介護者に最も有効な、科学的に実証された方法を用いて介護が行われる必要があります。
ところが、要介護者の援助に有効な方法や治療法に関する系統立ったデータは世界中どこにも存在していません。
介護の現場では多くの場合、「これまでこうしてきた」、「以前はこうしたら良くなった」などという経験則や、「現場の負担を考えるとこの方法しかありえない」といった介護サービス側の都合によって決定されている状況と言わざるを得ません。
それで、こうした状況を打開するためには「Aという状況に対してはBという介入(治療や支援)が最も効果的だ」という客観的かつ信頼性のあるエビデンス(科学的根拠)が必要です。そうした、エビデンスがあれば国や医師、介護従事者、要介護者それぞれが共通の認識を持って支援方法を選べます。
このエビデンスを構築するために必要なのは、日々現場で行われている介護を記録し、ばらばらの様式ではなく共通のフォーマットでデータベース化された情報です。
この利用可能な膨大なデータがあって初めて「科学的に有効な方法これだ」という分析が可能になります。
「科学的介護」の中核をなすプロジェクトがまさにこのデータベース構築です。
そして、このデータベースの名称が「CHASE(チェイス)」なのです。
CHASE(チェイス)とは?
「CHASE」とは、「Care, Health Status & Events」の略で、この「科学的介護」を実現するためのデータベース(ビッグデータ)です。
今後、介護サービスの内容、利用者の心身状態が共通のフォーマットに収集され、データベース化されていきます。しかも利用者の状況は年々と変化し、有効な治療法や支援方法も変化していきますからそうした状況も同時に記録されデータベース化されていきます。
また、この「CHASE」はすでに存在している以下の二つのデータベースを補完する存在でもあります。
1、「介護DB(介護保険総合データベース)」
要介護認定やレセプトなどの情報を格納するデータベース
2、「VISIT」(訪問・通所リハビリテーションの データ収集システム)
リハビリテーションマネジメントの情報を蓄積するためのデータベース
CHASE(チェイス)で収集しようとしている項目とは?
では、具体的にCHASE(チェイス)で収集しようとしている項目とはどのようなものがあるのでしょうか。
すでに介護現場で集められている情報を利用することが検討されています。
例えば、ケアマネージャーが行うアセスメントシートには、利用者の名前や生年月日などといった基本情報だけなく、身体状況や生活上などが事細かに記録されています。また認知症の状態、暴言や暴行があるかどうかも記録されています。
さらに、通所介護事業所(デイサービス)では「興味・関心チェックシート」というフォームが利用されています。
身だしなみ、料理、子や孫の世話、カラオケなど、利用者の興味や関心の分野について記録し、サービス向上に役立てる目的があり、この様式に基づき通所介護事業所は加算を算定できます。
こうしたいくつかのすでに現場で運用されている様式や情報を電子化し、パソコンのブラウザを使用して任意で送信してもらう案が浮上しています。
データ収集に関する具体的な運用については今後の決定を待つ必要があるでしょう。
なぜ?科学的介護が注目されるようになったのか?
では、今なぜ「科学的介護」がこれほど注目されているのでしょうか。
世界的にも類を見ない少子高齢化に突入する現在の日本は、要介護者が急増する一方、介護労働者や介護を担う家族そのものが圧倒的に少ないという矛盾を抱えています。
現在では、すでに多くの介護現場で老々介護が常態化しています。
例えば訪問介護員(ホームヘルパー)の平均年齢も53歳と他の業界に比べても圧倒的に高齢化しています。
しかも、平均寿命84歳と世界レベルトップレベルではあるものの、健康寿命は74.8歳と、介護が必要になる可能性がある年齢自体は10年ほどもあり、この10年の差は埋まることなく推移しています。
こうした状況で、現在介護の担い手はどこでも明らかに不足しており、もはや人力や経験則といった「属人的」な介護では、要介護者の必要を賄いきれない状況です。今後なんらかの具体的な方策がない限り日本の介護業界が危機的な状況に面することは目に見えています。
厚生労働省が目指す科学的介護とは?
厚生労働省は、こうした状況を打開するために「科学的介護」を提唱しています。
厚生労働省は、この「科学的介護」自立支援等の支援が科学的に裏付けられた介護としており、科学的介護の応用により、自立支援、重度化防止を目指しています。
また、厚生労働省が「科学的介護」で具体的に目標としている二つの柱が、
1、自立支援の促進
2、技術革新の応用
の二つです。
この二つの柱について続く部分で考えていきましょう。
科学的介護における『自立支援の促進』とは?
介護者が不足しているのは、介護を必要としている要介護者が増えているからですが、科学的介護の応用によってお年寄りが「自分のことは自分で」できるようになれば、介護の現場の負担も軽減でき、要介護者の「自立支援を促進」できます。
そのためにも、要介護レベルが低く、まだリハビリや治療などで回復の見込みがある方に、より有効な方法を提示するためのエビデンスが必要です。
こうしたエビデンスの活用により、要介護者の身体状況やQOLの改善に有効な方策の提示が期待されています。
さらに、エビデンスの活用により要介護4~5などの重介護度者の介護度が下がれば現場の負担も軽減できます。
科学的介護における『技術革新の応用』とは?
二つ目の柱はデータベースの「技術革新への応用」です。
構築された世界に例を見ない巨大なデータベースの科学技術への応用範囲は幅広く、特に期待されているのが、ロボットや人工知能への応用です。
とりわけ介護ロボット、AIの開発には電子化されたデータベースは必要不可欠で、こうした膨大なデータがあって初めて人間の生活を補助するロボットの開発が可能になります。
また、監視カメラや見守りセンサーの応用により、人力での体位交換や移乗、夜間時や独居の方の見守りなどを少人数で賄えます。
「科学的介護」により、介護人材の不足を補い、将来的に大きな産業として国内外での成長することが期待されているのです。
さらに、こうした「科学的介護による技術革新」が日本のあらたな産業に成長していけば、世界的に競争力のある産業が生み出されることになります。
まとめ
これまで考えてきたように、「科学的介護」のデータベース構築と分析が進めば、要介護者の自立支援に役立ち、高齢化や介護労働者の不足といいた社会問題の解決にもつながります。
もちろん、「科学的介護」の運用が始まり状況が改善し、さらに介護労働者の待遇が改善されるようになるには、まだ数年から十年などの時間がかかることは明白ですが、現在取り組みが始まらなければ将来的な負担や、介護保険の破綻も目に見えています。
さらに、超高齢化社会である日本だからこそ積み上げられるノウハウによって、他の国にはまねできないデータベースの応用により、AI(人工知能)、介護ロボットや介護サービスの仕組みの開発が実現します。